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インターネット

稽古用テキスト

確かにインターネットに利用制限がかかったのは、高校生の時だったかもしれない。

精神衛生法が施行されて、少なくとも未成年はインターネットに接続できなかった。

その代わり。少なくとも未成年は少なくとも未成年は無制限のインターネットに接続できなくなった。

そこからはそこからずるずるとインターネット自体が人の手から奪われていvき、社会から奪われていく。
通信の自由が奪われると、それは、そのまま最初から無かったものの様に消滅してしまった。
そして、あらゆるものがアンダーグラウンドになっていく。
これもまた、まるで最初からそうだったかの様に。
あらゆるものがアンダーグラウンドになる。
そこでは、常にある種の用心深さが生きるスキルとして意識されていく。

そしてシステムは機能していて、そこには通信が、通信が当然の様に残っていた。
むしろ社会が一度依存した通信を、社会がその依存を、通信への依存を手放すことができなくなった。

皮肉なことに、社会はそこからまた更に通信に依存し始める。

いろんなことがある。
いろんなことが起こる。
そういうことだ。

だがどうだろう。もう、それがどういうことなのか考えることができない。
考える。考えれば何かわかるか考えてもわからない。

この複雑な仕組みを、パッと見ただけでなにがわかる。
結果は簡単かもしれない。結果はあまりにも簡単。
だが、この仕組み自体の複雑さをどうする。
確かさと不確かさが常に同居している様に見えるこのつながりをどう扱う。

離れることはできない。

バタフライエフェクトを夢想するには充分な。
嘘だ。
夢想などするだろうか。
なんだろう。
なんでもない。